2025/11/04 コラム
中小企業がガバナンスや内部統制に磨きをかける意義とは
中小企業にとって、ガバナンスや内部統制の整備はもはや「余裕ができたら取り組む課題」ではなく、事業の存続と成長を左右する必須条件となっている。とりわけサプライチェーンの中層に位置する中小企業(製造業が典型)においては、主要取引先としての大企業から選ばれ続けるか否かが経営の安定を決定づける。大企業は取引先の不祥事による信用毀損をおそれ、法令順守態勢や内部統制の整備を発注基準に組み込むようになった。これは単なる形式的なチェックではなく、経営姿勢そのものを問うものに変わりつつある。
しかし現状では、十分な態勢を整えている中小企業は決して多くない。だからこそ、整備が行き届いた企業には注文が集中する。結果として、これまで「選ばれる側」であった中小企業が、数多の注文から受注案件を「選ぶ側」として取捨選択できる立場に移行しつつある。私の顧問先の一社も、大企業から「御社の態勢が整っているから安心して任せられる」と評価され、いまや断る自由すら得ている。こうした注文集中の効果として、売上は安定し、増収へとつながっていく。これは決して例外ではなく、今後ますます一般化していく趨勢である。
さて、ここで整理しておきたいのは、ガバナンスと内部統制の違いである。ガバナンスとは経営の方向性を定め、組織全体を監督する仕組みであると同時に、経営者自身をも規律し、恣意的な判断や独断専行を防ぐ枠組みでもある。これに対し、内部統制は日々の業務が法令や社内ルール等に沿って適正に行われるよう管理する仕組みである。両者は似て非なるものであり、どちらが欠けても「安心の取引先」とは見なされない。経営者が自らの責任で方向性を示し、その意思を現場に浸透させる態勢を持つことが、いまや競争力の源泉となっている。
この態勢整備は、人財確保にも直結する。若手人財は「安心して働ける会社」を選び、ガバナンスや内部統制が整った企業は離職率も低い。安心して働ける環境を整えることが、人財の定着と組織の持続的な力につながる。人財と取引先の双方から選ばれる会社は、自然と成長の好循環に入る。
大企業の調達部門が注視するのは、社内規程や、取引開始時に差し入れるコンプライアンス誓約書、反社会的勢力排除条項、秘密保持契約といった書面の有無だけではない。教育を実施した記録、是正措置が実際に行われたことの裏付け、情報管理の運用状況など、態勢が“実際に機能している”ことの裏付けが問われる。中小企業にとっては負担に映るかもしれないが、これを整備することが、むしろ競合との差別化につながる。形式的な書類を整えるだけではなく、現場で機能する態勢を持つことが、信頼を勝ち取る決め手となる。
こうした態勢は短期間で一気に完成できるものではない。まずは主要取引先の要求事項を棚卸しし、最低限の規程と窓口を整備する。教育を実施し、その記録を残す。これだけでも「合格点」に達することができる。その後、内部監査や外部評価を取り入れ、態勢を磨き込んでいけばよい。重要なのは、経営者が自らの意思として「態勢整備は経営戦略である」と位置づけることである。
中小企業がガバナンスや内部統制を整えることは、単にリスクを避けるためではない。むしろ、受注の集中、単価の維持、再作業(手戻り)の減少といった形で、売上と利益の双方に効いてくる。そして、安心して働ける環境を整えることで人財が集まり、組織の力が持続する。こうした循環を生み出すことこそが、これからの中小企業にとって最大の競争力となる。製造業を念頭に論じてきたが、この構図は決して製造業に限られた話ではない。情報管理や人財確保を重視するサービス業やIT企業においても同様に、取引先や顧客から「安心して任せられる会社」と評価されることが、受注の拡大と人財の定着につながっていく。ガバナンスと内部統制を武器に変えた中小企業こそが、業種を問わずこれからのサプライチェーンを主導する存在となるだろう。